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IMAへのメール


 
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●2007年2月初旬
  2007年の節分が過ぎた頃のこと…あるクライアントとの打ち合わせ中に電話が入りました。『もし…もし…あのお…アイエムエエ…選挙の会社でっかーあ…』かなりのお年寄りの男性の声です。しかも、どちらかと言えば「高姿勢」の物言いで、ダミ声の人でした(笑)その「高姿勢」さにカチンと来たボクは『すいませんー!今、接客中なんで、あとでまた電話下さい!』別に電話なくてもいいわという気にさせる電話でした(苦笑)
  遠来のクライアントが帰ったあと、しばらくしてまた電話がかかってきました。さっきの爺さんでした。『あんなー、かなりの年寄りなんやけど、そんな候補者でも受けてくれるんかー?』との物言い。かなり横柄なお方です。
  『いくつなんですか?お年は?』『73歳や!』『男、女?』『男や!元中学の校長で地元の自治会長や!』『おたくですか?』『いや!ワシとちゃう!近所の人や!ワシはな、この地元から市会議員に出てたもんや!』『出てたちゅうことは、もう引退されたちゅうことやね?』『そうや!!引退してから、もう8年や!ほんでな、その後、地元から市会議員が出てないから、いろいろ問題あってな、どうしても地元から市会議員を出そうちゅうことで、皆で相談して、今の自治会長を口説いてんねん!どや?そんな爺さんは無理か?アカンか?ワシ等の選挙では古いねん!あんたとこのようなプロにお願いせなあかんやろちゅう結論になったんや!どや??』『ウチのことは何で知りはったんですか?』『いやあー、ネットや!』『ヘエ?おたく、インターネットやってるんですか?』『ちゃうがな!そんなややこしいモンするわけ無いがな!甥の同志社の学生が見つけてくれたんや!あんたとこがエエ!ちゅうて』『あそうですか(苦笑)なるほど』『どうやー。とにかくあんたが、やってやる!ちゅうたら出そうと思うんや!プロのあんたが見て、こりゃアカンでーやったら止めとくかと…いうとんねん!とにかく、一回来てくれやー!頼むわ!』最後まで高姿勢な爺さんです(苦笑)『ところでどこの選挙ですか?』『来てくれるなら言うけど、来てくれへんのやったら言わん!』(オモロイ爺さんじゃ)『ほな、まあ、行きますわ!どこですか?』『そうかー!来てくれるかー!ありがとう!H市や!H駅まで来てくれたら迎えに行くわー!』急に「低姿勢」になった単純な爺さんでした(苦笑)


●あっと驚くお年寄り(苦笑)
  約束の日時にH駅に着きました。お迎えの軽トラックが来てました。このH市は有権者数は約32万人の、衆議院小選挙区並の地方都市です。しかし、都市近郊の典型的なベッドタウンで、住宅地とチョコチョコ残る畑や田んぼのあるところです。その「横柄高姿勢」な電話の主、元市会議員さんは、それもそのはず元市議会議長経験者でした(笑)。人は偉くなるんですわ、肩書きで(苦笑)。その元議長さんの家に着きました。豪邸でした。聞けばこの偉そうな爺さん、この地方の資産家でいろんなところに不動産を所有してはるとのことでした。近所の大きな大きなスーパー銭湯も経営してはりました。そこの広い応接間にはすでに10人近い人が集まってました。(困ったなあ…こんなに沢山の人とは話たくないなあ)皆さん、この元議長さんの元選挙スタッフでした。それもいにしえのオールド選挙をやってたんやろなあ…と思わせるイメージの人たちばかり(苦笑)
  元議長さんは、電話とは違って、見かけはエエ男でした。確かこの候補者になる人より年上やから75歳くらいかなと思うけど、吉幾三に似て、元気溢れる感じで頭もシャープな爺さんでした。そして、なにより「低姿勢」でした(笑)
  『すまんなあーもうすぐその候補者が来るわ!もうちょっと待ってなー!!』皆、ボクを宇宙人を見るような目で見つめていました(苦笑)。数分してその73歳の候補者が到着しました。部屋に入ってくる姿も、まともにシャーシャーと歩けていません(足がやや不自由な様子)。口には出せませんが『アチャー!!あかんなあーコレは!』が第一印象でした。
  候補者が着席し、話が始まりました。元議長の『地元からやはり絶対議員をださなあかん、いろいろ模索したけど、この人しかいない。年はいってるが、人柄が申し分無い!ワシも引退して8年経つから、ワシの名簿はもう無いし、あってもほとんどが死んでるわ!ここの選挙区は、全市で36人の市会議員定数やったけど、今度2議席減で34人を選ぶ選挙やねん!
  今時点で、すでに50人位が立候補予定して動いとる!早いやつは去年からや!選挙はあと2ヶ月後や!ホンマ時間無いし、やるならすぐ動かなアカン!とにかくプロのあんたに頼まな、どうしようもないんじゃ!どうや!この人見て、どう思う!?アカンか?』という勢いよいまくしたてで口火を切りました。
(答えに困りますな)でも、そこは、プロ中のプロを自認するボクです。困難な選挙、絶対当選無理やろ…という選挙に『挑戦』はプロ根性に火がつくのは事実です。73歳の爺さん候補ちゅうのは、コンサル歴で初めてでした。大体、若いフレッシュな候補が多いのがボクの仕事でした。しかし、目の前にいる爺さんは、まともにサッサと歩けないほどの老人。でも『好々爺』という言葉がぴったりで、孫でも抱いてれば一番似合うというタイプの優しそうな、人の良さそうな爺さんでした。元校長先生という肩書きも選挙向けといえばその通りです。でも悲しいかな、地元の中学校じゃなくて近隣大都市の中学校で、地元にOBはほとんどいないはずでした。
  (やってみるかーーー)『当選の保証は全く出来ません!正直!でも、ボクもプロです。こういう73歳の、誰が見ても当選は無理やろ…と思う候補者をもし勝たせた時、ボクのプライドも擽られるし、プロ冥利にも尽きます。ここはどうでしょう?お祭り気分で、遊び感覚で、実験感覚で、この選挙をやらせてもらえませんか?とはいえ、勿論、ボクが持つすべての能力、ノウハウを全力で注ぎ込んでやってみます。でも遊び感覚でやらせてほしいのです。そういうので勝ち負け保証なしでOKなら、今日からすぐに帰ってスタートしますが…どうでしょう?!』


●これが青春だ!『青春18きっぷ』で市政へ!
  結局、先方も『是非お願いします!』と即答。すぐに、顔写真撮影ということで、ボクのなじみのカメラマンにその場で電話『すまんけど、数日中にH市まで出張撮影できるか?そこまで行くのん無理やねん、足が悪いから!(苦笑)』
  帰りの電車の中で、さてさてどういう戦略で行くかなあ…とボクの頭がフル回転しだしました。『ウン!コレや!コレで行こう!これこそ一種「青春」や!73歳の挑戦や!青春やわ。コレや!』…で帰りの電車で生まれた、この爺さんのキャッチフレーズは『これが青春だ!!』で、キャッチコピーが「青春18きっぷ」で市政へ!』というものでした。不思議なモノで…ボクはこういう作業がスムーズに行き、また「イイモノ」が出来ると…当選するかも…と思ってしまうのです(笑)正直言うと、この選挙コンサルをやってて、こういう戦略構築をしているときが、ボクは一番楽しいのです。
  数日後、また電車に揺られて元議長宅へ伺いました。上記のキャッチコピー等の入った候補者名刺等の各種「紙爆弾(印刷物)」のゲラも持参しました…と同時に候補者の顔写真撮影です。
  カメラマンと共にファインダーを覗きましたが…あきません(苦笑)73歳の爺さんは、なかなか料理が難しいです(苦笑)でも200枚近くは撮ったでしょう。
  撮影後、候補者を含めて当方のイメージ戦略のレクチュアをしましたが…皆「無言」。こういうイメージ戦略の候補はこのH市の過去の選挙では見たこと無いなあ…というのが大方の皆さんの感想でした(笑)まあ、ここは『ボクにお任せください!ベストを尽くします!』としか言いようがありませんでした。


●外に出ないで下さい!(苦笑)
  そして、こんなことを候補者に言ったのは初めてのことでした。それまでのコンサルでは、各候補者には『「一に露出」「二に露出」という具合に有権者の前に『貴方の顔』『貴方の声』を露出しなさい!』と強く言って来ました(しまったヒトツのノウハウ書いてしまった)しかし、この73歳の爺さんだけは違いました。「表に出られては困る…こんな足下もふらつくような所を見られたら…致命的や!」と思うからです。『とにかく、ここはボクの言うとおりにして下さいね!外を歩かせてはダメですよ!絶対に!宣伝カー乗っても、絶対に車から降ろさないで下さいね!頼みますよ!』と、けったいな指示です(苦笑)。普通の選挙では考えられない指示です。
  そして、その日色々とアサイメントを与えたあと、『すみませんが、今からボクを車に乗せて、H市内をくまなく廻ってください!地域がどんなか…見たいので!それで、ボクが「この地区!」「この地区!」とその都度、指示しますから、その地区をこの市政地図でマークを付けて下さい!いいですね!』
  市内の主要な道路や路地裏道等をくまなく廻りながら、ボクは『ハイ、ここ!』『ハイ!ここ!』とボクが『此処!!』だと感じるエリアをドンドン地図上にマーク付けをさせていきました。このことはボクの選挙戦略の重要なノウハウに繋がるので詳しくは書けませんが…とにかく、ボクが考えてる、この「73歳の爺さん候補が勝つための戦略」がたぶん、通用するだろう…とボクが「直感」するエリアを探していたのです。ボクは、この「普通では非常に当選は困難なこの爺さん候補」を奇跡的に当選させるには、「100%完璧に近いイメージ戦略の成功があった時だけ!」と考えていました。
  その戦略に最も重要なアイテムが「ビラ」でした。このことは、あまり書きたくないノウハウですが、この候補の「勝敗の顛末」を書くにあたり、避けられない重要な事実なので書くことにしました。数時間かけて市内をくまなく廻り、陣営に『このココ!というエリアの世帯数のトータルをすぐに調べておいてください!大事なことですよ!』と言い残して帰路につきました。


●究極のイメージ戦略スタート
  数日後、撮影した写真があがって来ました。しかし、やはりどうしようもない「爺様写真」でした。「すべて見てコレは使えんなあーーー」がすぐに出た結論でした。またまた、頭がフル回転しました。
  「どうするかーーーなあ…・・」こういう時でも、ボクが出す結論は早いのです。「そうや!デッサン!を使おう!!デッサンなら、少し若いめにもアレンジ出来るし、より優しい感じにもアレンジできる!そや!それや!」しかし、ボクも絵を描いてる人間ですが、ボクの絵はいわゆる「アカデミックな美術」を学んだ人間の絵ではありません。そもそもボクは「モノや人を見て、デッサンが出来ない絵描き(苦笑)」です。そこで、ボクのネット繋がりに、芸大の学生がいるので、事情を話してお願いしました。撮影した写真の中で、一枚だけ「まあコレやな!」というのを選んで、学生に渡しました。その学生は、芸大の大学院まで進んでる所謂「デッサンの上手な学生」でした。そこへボクの考えてた「脚色」を入れて、描いていただくことに「快諾」を得ました。
  一週間ほどして、「絵」は出来上がって来ました。その出来は素晴らしいモノでした。ボクなんかには絶対に描けない、これも「プロのデッサン」でした。右がそのデッサンです。本人の持つ、いいところが十二分に出ている、素晴らしい出来映えでした。どうです、どう見ても「73歳のご老体」には見えないでしょう(苦笑)各種印刷物には、ほとんどこのデッサンを使用しました。勿論、選挙中のポスターもです。
  このデッサンを使用して、各種印刷物を完成させ、候補者陣営に見せた時の彼らの反応もおもしろかったです。キョトンとして、「こんなん、H市では初めて見るなあ…」てな感じでした。
  ボクは、たとえ、ココでこの戦略が不評でも『これしかない!勝てるとしたらこの戦略が成功した時しか無い!』と熱弁をふるい、ダメだったら下りるつもりでしたが…彼らはすんなりとこの「戦略」を受け入れ…ついてきました。「ヨシ!これならいくとこまでいける!」とボクはやる気が満々と満ちあふれてきました。
  そして先日の「ココ!」についての彼らからの報告がありました。『大体、あのココという地区の世帯数トータルは6万世帯くらいです!』
  H市は総世帯数が約17万世帯ですから、6万世帯は約35%ということです。ボクがセレクトしたこの6万世帯が「攻める地区」となるのです。」資金潤沢な候補者なら、この17万世帯全部にビラ爆弾を投入がベストなんですが、そうでもないので、最小費用で最大効果を狙うというものです。


●6万枚に命をかける!!
  この「73歳の爺様を奇跡的に当選させる!」というこの選挙は、このセレクトしたエリアにポステイングする「ビラ」が「候補者」とはある意味「関係無く」浸透してゆき、成功すれば勝てるかもしれない…とボクが直感してた、「」完全イメージ戦略作戦重視」の選挙となりました。候補者本人には、そのエリアには殆ど入らせません。入ればマイナスになるでしょう(苦笑)。そのエリアでは「ビラが持つイメージ」だけの候補者です。そして、候補者が自治会長をする地元だけは、本人の姿、顔、どんな人かは皆知ってるので、コレはもう論外です。変な話ですが。地元では、自治会長の実績と、「人柄が申し分無い」ということだけで口コミで売るしかありません。もうコレに関しては彼らに自由にやらせました。ただ、この地元だけの「票」では絶対に当選しません。なんせ34人定数で50人以上立候補予定で、しかも、それぞれのエリアにそれぞれそのエリアを代表する議員が選出されているという、どちらかといえば「村の選挙」なんですから。この我が候補の村は、票数のあまり多くない、「小さい村」なのです。
  ビラのデザインには知恵を結集して、かなり優れたものを作りました。候補者陣営の幹部に見せた時に、彼らも驚いて『こんなビラ見たことないなあーココでは!!こらーーーオモロイんちゃう!!!』となかなか理解がありました(笑)結局、告示までに、そういうビラを、そのセレクトしたエリアに2回全戸配布しました。徹底する意味もあって、新聞折り込みとポステイングと両方実施しました(アカン!これも書きたくないノウハウや)。『神様!なにとぞ!このビラにお力を!』とボクは祈る気持ちでした。


●新人多数立候補!!アチャー!!
  ついに、告示の日が来ました。夕方、情勢探りに陣営を訪ねました。『あんなー、こりゃアカンでー、若い新人が10数人位出たわ!!20代やら30代やら、代議士秘書やら、行政書士みたいなんやら、べっぴんの女の子やら…こらアカンなあ…』が元議長さんのお言葉でした。結局、34人当選に対し、53人も立候補しました。新人には政党公認もいます。かなりの「激戦」です。しかも、全市に「公共掲示板」が配置され、そこに53人全候補者のポスターが貼られます。でかいでかい掲示板となります。普通ならどの候補も「埋没」です。よほど目立つポスターでないと誰も目につきません。ところが、我が候補はどうだったでしょう?目立ったと思います。顔写真が「デッサン」ですから。こんな選挙ポスターはやはり、
  H市では初めてだったようです。まあ、しかし流石のボクもやはり「勝てんかもやなあ…」と密かに弱気になってしまいました。しかし、ボクが表向きはそんな顔は出来ません。『まあ、運を天に任せましょう!やることはやりました!イメージ戦略が成功してれば勝ちます!ただし、本人を選挙中も外を歩かせたらあきませんでー!!』と言い残して、帰路につきました。
  選挙本番中は、ボクはどこの陣営にも、どんな選挙でも、いつも事務所には殆ど顔を出しません。ホントもうセレモニーですから。選挙本番のアサイメントを事前にだしておけば、もうボクの仕事は、ほぼ終了でした。


●そうか…アカンかったか…!!エーッッー!!
  投票日当日が来ました。またドキドキの連続です(苦笑)こういう広い選挙区で、定数が34人とかの選挙区では、いわゆる「有権者動向調査」は実施しません。意味がありません。有権者の2%も支持を取れば「当選」なんて、調査で2%〜3%とうのは誤差値の範囲です。
  衆議院選挙や、首長選挙は調査が重要ですが、こんな選挙では意味ないのでやりません。とにかく、効果的に、合法的に、予算に合わせてベストを尽くして運動をして「結果」を待つしかないのです。
  夜9時から各地の開票所で開票が始まりました。広い選挙区ですから、開票所がいくつもあるのです。我が候補者の陣営は、候補の地元の票が開票される「開票所」に陣取っていたようです。この開票所で上位に入っていないと、先ず「当選」はあり得ないと彼らは確信していたようです。まあ当然の発想でしょう。地元の自治会長なんですから。
  確か、午後11時頃だったように記憶しています。なんの連絡も無いので、気になって陣営幹部に電話をしました。『どうです?まだわからんのですか?』『いや…アカンかったみたいです!開票所から皆帰ってきよります!
  地元の開票所で、なんか40番目くらいみたいで…『もうコリャあかん!』と…『そうか…アカンかったか…そうか…』ガックリ来ました。流石のいつも強気のボクもガクンと落ち込みました。『奇跡はおきなんだか…あああ…』でした。30分ほど、落ち込んだあと、まあ候補者か元議長に電話せなあかんな…と(一番いやな電話なのですが)意を決して、電話を元議長に入れました。
  『もしもし、ああ、ヤマグチです!あのーーーこのたびは・・』と言いかけたのですが、なんか騒々しくて元議長の興奮した声が『なんやー!ああ!あんたか!!!とおおっっったんんにゃあああーーーー!!!トオオオッッタンンンンヤアア
!!!!』と喚いているのです。『エエ??通った?当った?エエ?ホンマですか?
いや、さっき落ちたって聞いたんですけど・・それでお詫びの電話をと思って…エエ!!!!ホンマに!???当選!!!』
  そうなんです。ボクも陣営も一度、30分間ほどの『落選地獄』を見たのですが……なんと、地元では「落選」圏内でしたけど…他の地区から「票がドンドン出てきた」のです。そうです。あのセレクトした「6万枚のビラエリア」からです。奇跡が起きました。ボクのイメージ戦略が大成功したのです。結果、34人中、31番目の滑り込みでしたが…でも、同時に立候補した若い新人は、ほぼ全員落選という中での快挙でした。
  翌日、お昼頃、また電車に揺られて候補者等に会いに行きました。お祭り騒ぎの終わった静かな選挙事務所に、候補者と元議長が、頭をくっつけてヒソヒソ話しをしているところに案内されました。
『おめでとうございます!よかったですなーーー!!』
『いやあーあんたの作戦勝ちや!!あのビラのおかげや!!!』
『ところで、今、何をヒソヒソ話ししてたんですか?(笑)』
『いやあ、当選したけど、もう73歳やろ!次の選挙はどうする?ちゅうて
二人で相談しとったんですわーーー(苦笑)』

笑い話ですわ。
結局、この4年後は引退されました(笑)




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